2026年9月21日月曜日

三毛別羆事件

   *当ブログは数霊占術 墾 の監修によるものです


昨今、熊の事件がクローズアップしております

海外の旅行者がクマに襲われる事件、

就寝中に窓より押し入られた事件、

出勤の折に熊から追い回された事件、

奥多摩に出て、秩父に顕れ上高地にも現れる、今日は日光と高尾山です

枚挙にいとまがなくなりました


今回これらの事件が何故に表面化してきたのか、

その行き着く先はどうなるのか、、、、


時は1915年、今より111年前の出来事を考察していきます

北海道開拓時代にさかのぼります

札幌周辺は開拓が進み、近郊の原野開拓に入っている時期、

場所は苫前郡苫前三毛別、山間部の原生林の開墾の毎日、、、、、

小川が枝分かれするように雪解け水の流れを絶やさない場所でもある


当時、東北地方を襲った大飢饉のためやむなく、

安住の地を求めて遅れて移住してきた人たちですから、

口車に乗せられて、同じ開拓民でも山あいの辛い仕事にまわされる

樹木伐採、材木運搬、端数は自分たちの炭焼き利用、焼き畑利用

荷車が通れるような路があるんでしょうか、、、、

狭い土地で畑を耕す毎日でしょう

そんな北海道開拓民家族を襲った悲劇的な出来事です


開拓時代の山あいですから、電信電話もなく、山での生活にもなれておらず、

危険性は地元民から口づてで聞いていただけの移住民40~50人の村です

「火」を絶やさずにおけば、羆は近寄らないとだけの指導だったのでしょう


事の発端は、互いに助け合って生活している村人の住まいから

その年に取れた作物が荒らされ盗まれ始めました、、、、1915年11月初旬のことです

何物なんだろう、、、、

仲間内のモノを奪っていくような不届き者はいないからです


そして事件が勃発したのです

1915年12月9日、村人の連れ合いがいなくなりました、、、、

三毛別羆事件の始まりです

村をあげての懸命な捜索により、「土盛り」をみつけたことで、

羆が事件に絡んでいることが、はっきりしました、、、、

 

このような熊害は道内各所で発生していた模様


この事件よりさらに遡ること30数年ほど前の1878年にも

同様の事件は発生しております、場所は今の札幌市東区丘珠町です

札幌といっても開拓民が3000人ほどで開墾が行われ始めた、ごく初期の頃

市域を外れると、周辺はすぐに大原生林に覆われる環境での出来事

開拓民にとって開墾の苦悩の中、このような事件は頻繁に発生していたわけです



いきさつの話はここまでとします

この出来事が現代にどう繋がるのか、また、

この出来事がどこへ向かうのかを見つめてまいります

 



始めに1878年1月11日の札幌丘珠事件より見つめてまいります

石狩川支流の豊平川周辺での出来事を陽数理より見つめます

数理盤をみつめていると現場のいろいろな出来事が脳裏をよぎります

事件当日のこと、その時間をかこむ周辺の環境、そこでの日々、

どのような出来事や苦悩があったのか、、、、


 1877年丑   1月丑     

 4 9 2   7 3 5     

 3 5 7   6 8 1

 8 1 6   2 4 9

 x2      x2・x5


1878年頃の市域とその周辺をみていきます

A場ー5-8 、、、 官の住まいは強固なもの、本土から大工が来たのでしょう


G場ー2-5 、、、 周辺域を見渡せばみすぼらしい骨組み家屋にわらぶき屋根の民の家


D場ー8-2 、、、 遅れてきた新参者など、骨組みを組んだらあとは藁ぶき

             劣悪な居住空間のためでしょうか、栄養失調にともなう、

                 結核・5罹患者が見受けられる様子


A場~未開発な原野に囲まれた市域、寒さをしのぐだけの無防備な居住地

G場~未開発な原野生活、管理のとどきにくい過酷な環境、

   強引に推し進める開墾のため小道は未発達、

D場~家には身重な女性、子供、年寄り、が寄り添う生活、

   身近な市域は、女性もが駆り出され留守がちな日々、


男性たちは

B場ー6-9  開発ラッシュ、大型道路整備、新地開拓に駆り出される

 J 場ー4-7  インフラ整備、環境整備、流通路整備、販路整備

H場ー6-3  広範囲な開発、野焼き山焼き、道路拡張、害獣を追い払う

 C場ー7-1  治水灌漑、生活用水確保、周辺部での野菜栽培、上水・下水の整備


B場~遠方の開墾、広範囲な開墾のための野焼き下準備、大掛かりな炭の製造

   有り余る材木、大量の炭焼き運搬、徐々に住まいと離れていく作業拠点

H場~広く遠方まで開墾していく生活

   田畑・宅地として利用できるように開墾された広大な空地

 



全国的には、火災原因になるとして、「焼き畑」は減少していたのでしょうが、

東北地方からの移民が多い「道」では開墾のため利用していた模様

使用が増えていく日常には、ほかにも理由はあったようです


数理盤を観ていく場合に陽数理を使用していきます、現象を見つめるからです

陰数理というのは、知りえない物事を見極める場合に、現象に現われた時代の様相とは、

異なり表に出ない内面の動線を見つめることに使用します


人と熊の出会いと出来事、事故・事案は現象界です、陽数理を観ていきます


しかし、熊がなぜ人里?!に、、、、顕れ人に害を及ぼすのか、

動物の食習性など、人には知り得ない問題や世界、また、

当時の政府政策方針など、表に出ない出さない事案は陰数理を使用する

場合もあります


少しみていきます


陰数理

 1877年丑   1月丑

 5 1 3   2 7 9

 4 6 8   1 3 5

 9 2 7   6 8 4

 x3・x7   x1・x9  ▲4

 

 A場ー6-3 開発促進化、急ピッチな開発、諸外国の圧を受け始めているのか、

        原野のままでは奪われるという強迫観念ですか

        「羆との鉢合わせなどで慄くな!」と、いわんばかりの言動・威嚇

        夢と希望をくすぐる誘い文句「理想郷づくり、、、、」

 H場ー4-1 諸外国からの干渉がはじまる

          中國・ロシアの干渉を受けている様相

 J場ー5-2  道路、流通路の先細り、困難な脇道、未開発地の整備

        諸外国の交易圧力、流通ルートの脆弱さ露呈

 B場ー7-4 食材入手先の選別、食材入手先の確保、インフラ整備

    D場-9-6 過熱気味の建設計画、焼き畑農業主体の開発、大型交通路開発

          丸裸な空地、未整備環境、強引な野焼き山焼き推進

    G場ー 3-9 性急な土地開発計画、焼き畑による新開地開墾、原野の開拓

 

     A場~政府の黙認のもと、開拓を早急に執り行っていた模様

        D場~それには「火が好都合」、獣も追い払える、炭にもできる、

         根深い樹木の炭化、早急な開墾、獣害の排除、

       G場~土地を生き返らせる「焼き畑」志向、短期間の開拓


ここで羆事件の発端を顧みましょう

北海道開拓において、自然豊かな大地の、その恵みを享受してきた生き物から、

早急な土地開発、野焼き、山焼きなどにより、安住の地を奪ってしまった

、、、、、動物たちを害獣として追立てたことが根底の原因としてあるようです




今度は陽数理波動を観ていきます


1877年丑   1月丑

4 9 2   7 3 5

3 5 7   6 8 1

8 1 6   2 4 9

x2      x2・x5


1878年ですが、1月丑なので前年節の1877年丑としてみますから、

1877=5数丑年 、、、(人数年2・5・8)

1月も前年の13月としてみますから、13+4=17=8 となり

1月=8数丑月 となる時代状況です

波動数を観る場合、5数丑年波動として観ていきますが、

この5数波動には丑年の働きが強いところから、D場のはたらきが色濃く働いてくる、

波動数理となります

意味合いとしては、

あらゆる面に強引さと強制圧力をあらわす~5数

移動・改革・造成開発をあらわす~8数 

下層開拓民の赤貧の生活~2数    

     、、、、、、、、、、その犠牲のもとに築かれていく構成数理


現代の都市開発として見た場合、

「巨大地震や大空襲の後」ではないと対処しえないような強引さのもとに、

構築された「明治」という時代でした

先住民との確執や動植物の移動の歴史でもありました

そのような感覚をもって波動数理を観ていってください


【1878年1月熊害事件波動】

1877~81  5丑・5丑

1882~86  4子・6寅

1887~91  3亥・7卯

1892~96  2戌・8辰

1897~01  1酉・9巳

1902~06  9申・1午

1907~11  8未・2未

1912~16  7午・3申

1917~21  6巳・4酉

1922~26  5辰・5戌

1927~31  4卯・6亥

1932~36  3寅・7子

1937~41  2丑・8丑

1942~46  1子・9寅

1947~51  9亥・1卯

1952~56  8戌・2辰

1957~61  7酉・3巳

1962~66  6申・4午

1967~71  5未・5未

1972~76  4午・6申

1977~81  3巳・7酉

1982~86  2辰・8戌

1987~91  1卯・9亥

1992~96  9寅・1子

1997~01  8丑・2丑

2002~06  7子・3寅

2007~11  6亥・4卯

2012~16  5戌・5辰

2017~21  4酉・6巳

2022~26  3申・7午

2027~31  2未・8未

・・・・


熊害事件波動をみています

1915年三毛別羆事件の発生した波動期は「7午ー3申」となる、

数理盤横次元を形成する、熊害の爆発的拡大期をとなる波動時間帯でもあり、

移住民からみれば開墾しすぎて無防備で手薄な環境となる熊害拡大期となります

見渡す限りの空地ばかり、、、、自然林はなく、果実も木の実もない

開墾された焼き畑地には冬場何もない


さらにこの波動を観ていきますと、2022年~2026年の時間帯は、

これも「3数申ー7数午」となる熊害拡大期となります

北海道内陸部は現在、無謀な外資系の開発がすすめられている

日高山系とその周辺にある、トマムなどのリゾート開発には中国資本算入による、

開発ラッシュ禍となり、動物たちの生活環境への破壊に向かっている、、、、

これが次に迎える破局波動期に、ピタリと合致している

2数破壊期となり、安住の地を追われ平野に降りてまいります

波動数「2数未・8数未」が示すのは、「低地・2への拠点移動・8」と、なります

これから興る出来事は、熊害ではなく外国資本による侵略です


横次元とは物事が拡大する時間帯です

良いことも悪いことも、肉付けされてくる時間でもあります

2026年~も、また、熊害大事件が起こってからの、

羆の緊急銃猟に向かうのでしょうか

羆の銃猟だけで済む問題ではないと考えますが、

波動数からみると、そのような運びに向かう公算が出てくる


来年、年明け2月以降、波動数「2数未・8数未」の冲時間帯であり、

人間社会へと流入する2数破壊波動期に入ります

このような破局期が後に続く時間帯には、打つ手が後手後手に回ります


註)

波動が縦・横・斜のいずれに流れているのか、

そのことは、そのまま方向性と内容を理解することに成ります

破壊数にばかりこだわりますと、今、進んでいる方向性が見えなくなります

 



今度は、苫前町の1915年卯の陰数理を見つめていきます

この時代の羆の行動、生活状況をみつめます、、、、、

事件の発生した周辺環境はどのようなものでしたでしょう


1915年卯   12月子

3 8 1   6 2 4

2 4 6   5 7 9

7 9 5   1 3 8

x3・x6   x2・x9  


                ~ 【 】カッコ内は動物目線

A場5ー4-7 整地化された大地、畑地となり12月の冬場には何もない農地

        【羆からすれば何もかもなくなっている、、、】

B場6ー5-8 畑地となり人の手のはいる冬場の土地に食べ物はない

        【見渡す限りの空地、木の実ひとつない環境に取り残された羆、、、】

C場7ー6-9 収穫期を過ぎ人の手が入り、丸裸になっている空地、

        【冬を迎えるのに何もなくなっている状況に戸惑う羆、

         藁ぶき家の中からは、もれる灯りと生き物の匂いを感じた、、、、】

H場3ー2-5 開拓進行中の土地、 周辺は開発した空地ばかり2・5

        手の入らない原生林2・5、

J 場4ー3-6 周辺環境は焼き畑農、めまぐるしい伐採で木の実もない 3・6

F場 1~9-3 野焼き山焼きを開墾の指針とした、木の実ひとつ落ちてない空地


9数場~丸焼き・9、空・9にされた造成地8・2、(畑地2、宅地8)

2数場~近くを流れる川1・4は、人の生活用水としての場であり、

    動物たちの水飲み場でもある場所、「焼き畑農法」が害獣除けと信じていた住民

    「羆は火を恐れなかった」

8数場~冬場、食べ物も何もない改良地7・1

3数場~開拓地、未開地、

5数場~荒地、


生活拠点として、川の周辺なら、それに越したことはない

しかし、川には溯上する鮭があり、原生林であったはずの野山にはいつのまにか、

晩秋を彩る果実もなく木の実もない、すべてが丸裸の造成地、焼き畑地となった

「生活習慣」で、やって来た大地がこのありさまで、食べ物の類はすでになく、

灯りのもれる藁ぶき小屋からは生き物の匂いがした、、、、、悲しい出会い


黙祷、   2026・09・24 記


補足 ~ 2026・09・25

補足 ~ 2026・09・26

補足 ~ 2026・09・27

補正 ~ 2026・09・29

補足 ~ 2026・10・01