*当ブログは数霊占術 墾 の監修によるものです
昨今、熊の事件がクローズアップしております
海外の旅行者がクマに襲われる事件、
就寝中に窓より押し入られた事件、
出勤の折に熊から追い回された事件、
奥多摩に出て、秩父に顕れ上高地にも現れる、今日は日光と高尾山です
枚挙にいとまがなくなりました
今回これらの事件が何故に表面化してきたのか、
その行き着く先はどうなるのか、、、、
時は1915年、今より111年前の出来事から考察していきます
北海道開拓時代にさかのぼります
当時、東北地方を襲った大飢饉のためやむなく、
安住の地を求めて遅ればせながらも、
北海道開拓に向かった開拓民家族を襲った悲劇的な出来事です
開拓の時代ですから、電信電話があるわけもなく、村人と云っても40~50人の村です
事の発端は、互いに助け合って生活している村人の住まいから
その年に取れた作物が荒らされ盗まれ始めました、、、、1915年11月初旬のことです
何物なんだろう、、、、
仲間内のモノを奪っていくような不届き者はいないからです
そして事件が勃発したのです
1915年12月9日、村人の連れ合いがいなくなりました、、、、
三毛別羆事件の始まりです
村をあげての懸命な捜索により、「土盛り」をみつけたことで、
羆が事件に絡んでいることが、はっきりしました、、、、
このような熊害は道内各所で発生していた模様
この事件よりさらに遡ること30数年ほど前の1878年にも
同様の事件は発生しております、場所は今の札幌市東区丘珠町です
札幌といっても開拓民が3000人ほどで開墾が行われ始めた、ごく初期の頃
市域を外れると、周辺はすぐに大原生林に覆われる環境での出来事
開拓民にとって開墾の苦悩の中、このような事件は頻繁に発生していたわけです
いきさつの話はここまでとします
この出来事が現代にどう繋がるのか、また、
この出来事がどこへ向かうのかを見つめてまいります
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始めに1878年1月11日の札幌丘珠事件より見つめてまいります
石狩川支流の豊平川周辺での出来事を陽数理より見つめます
1877年丑 1月丑
4 9 2 7 3 5
3 5 7 6 8 1
8 1 6 2 4 9
x2 x2・x5
家庭内は
A場ー5-8
G場ーx2-5
D場ー8-x2
A場~未開発な原野、寒さをしのぐだけの無防備な居住生活の様相、
強引に推し進める開墾、
G場~未開発な原野生活、管理のとどきにくい過酷な環境、
D場~家には身重な女性、子供、年寄り、が寄り添う生活、
女性までもが駆り出され留守がちな日々、
男性たちは
B場ー6-9 開発ラッシュ、大型道路整備、
J 場ー4-7 環境整備、流通路整備、販路整備、
H場ー6-3 息もつかせぬ開発
C場ー7-1 治水灌漑、生活用水確保
B場~遠方の開墾、火を使用する準備、山焼きをして開拓する、火でもあり炭の製造、
有り余る材木は大量の炭焼きに廻す、徐々に住まいと離れていく作業拠点、
H場~広く遠方まで開墾していく生活、田畑として利用できるように耕される土地、
火の使用が増えていく日常には、何があったのでしょうか
そこにあった政府の指針を陰数理で観ていきます
陰数理というのは、物事を見極める場合に、現象に現われた時代の様相とは異なり
表に出ない内面の動線を見つめることです
人と熊の出会いと出来事、事案は陽数理を観るし、
熊が何故に顕れ、人に害を及ぼすのか、動物の生活習性、
人には知り得ない世界の把握などには陰数理を使用する場合が、出てまいります
陰数理
1877年丑 1月丑
5 1 3 2 7 9
4 6 8 1 3 5
9 2 7 6 8 4
x3・x7 x1・x9 ▲4
A場ー6-3 開発促進化、急ピッチな開発、政府のごり押し、
猛獣との鉢合わせなどで慄くな、、、といわんばかりの言動、
(J場ー5-2)道路、流通路の先細り、困難な脇道、未開発地の整備、
(B場ー7-4)食材入手の苦悩、食材入手先の確保、
D 場-9-6 過熱気味の建設計画、焼き畑農業主体の開発、大型交通路開発、
丸裸な環境、強引な野焼き、
G場ー 3-9 性急な土地開発計画、焼き畑による新開地開墾、原野の開拓、
A場~政府の無言の圧力、開拓を早急に執り行っていた模様、
D場~それには「火が好都合」のようです、獣も追い払える、炭にもできる、
根深い樹木の炭化、早急な開墾、獣害の排除、
G場~土地を生き返らせる名目、「焼き畑農業」志向、短期間の開拓、
事件発端としては、
北海道開拓において、自然豊かな大地の、その恵みを享受してきた生き物から、
早急な土地開発、野焼き、山焼きなどにより、安住の地をうばわれてしまった
、、、、、動物たちを害獣として追立てたことが根底の原因としてあるようです
今度は波動を観ていきます
1878年ですが、1月丑なので前年節1877年丑とします
強引・5な宅地造成・8の時代です、、、、、
先住民との確執、動植物の移動の歴史です
1877年丑 1月丑
4 9 2 7 3 5
3 5 7 6 8 1
8 1 6 2 4 9
x2 x2・x5
1877年丑波動
1877~81 5丑・5丑
1882~86 4子・6寅
1887~91 3亥・7卯
1892~96 2戌・8辰
1897~01 1酉・9巳
1902~06 9申・1午
1907~11 8未・2未
1912~16 7午・3申
1917~21 6巳・4酉
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2012~16 5戌・5辰
2017~21 4酉・6巳
2022~26 3申・7午
2027~31 2未・8未
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1878年熊害事件波動をみていきましょう
1915年三毛別羆事件の時間帯は、数理盤の横次元「H場3ーC場7」を形成する
波動時間となり、人からしてみれば熊害拡大期です
さらに波動を観ていきますと、2022年~2026年の時間帯は、これもまた、
数理盤の横次元「H場3ーC場7」となる熊害時間帯に入っております
横次元とは物事が拡大する時間帯です
良いことも悪いことも、肉付けされてくる時間
今回、2026年も熊害大事件が起こってから、羆の緊急銃猟に向かうのでしょうか
波動数からみると、そのような運びに向かいそうです、、、、、
来年、年明け2月以降、波動数「2数未・8数未」の冲時間帯であり、
2数破壊期ともなる波動期に入ります
このような破局期が後に続く時間帯は、打つ手が後手に回り、もたつきやすいモノ
註)
波動が縦・横・斜のいずれに流れているのか、
そのことは、そのまま方向性と内容を理解することに成ります
破壊数にばかりこだわりますと、今、進んでいる方向性が見えなくなります
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今度は、1915年卯の陰数理を見つめていきます
この時代の羆の行動、生活状況をみつめます、、、、、
事件の発生した周辺環境はどのようなものでしたでしょう
1915年卯 12月子
3 8 1 6 2 4
2 4 6 5 7 9
7 9 5 1 3 8
x3・x6 x2・x9
~ 【 】カッコ内は動物目線
A場5ー4-7 整然とした大地、
【羆からすれば何もかもなくなっている】
B場6ー5-8 大規模造成、護岸工事、
【見渡す限りの空き地、木の実ひとつない環境に取り残された羆】
C場7ー6-9 収穫期を過ぎれば、丸裸になる焼き畑、
【冬を迎えるのに何もなくなっている状況に戸惑う羆、
そこに夕餉の支度にもれる灯りを感じる、、、、】
H場3ー2-5 開拓進行中の大地、 未開拓地2・5
J 場4ー3-6 周辺環境は、めまぐるしい開拓ラッシュ3・6
F場 1~9-3 開発当初の基本案、、、、野焼き山焼きを指針とする、
9数場~空・9となった造成地8・2
2数場~整備された河川1・4、生活用水としての女性たちの集合場、
【水飲み場であり、餌場としてシャケ捕獲場でもある、
女性に触手が向いたのも、このあたりにあるのだろう】
8数場~冬場、食べ物も何もない改良地7・1
3数場~開拓地、未開地、
5数場~市街化調整、
人間にすれば生活拠点として、石狩川支流の札幌で在れば、それに越したことはない
しかし、石狩川には溯上する鮭があり、原生林であったはずの野山には晩秋を彩る
果実もなく、すでに丸裸の造成地となっている
「生活習慣」で向かった大地がこのありさまで、木の実の類はすでになく、
在るのは灯りのもれる藁ぶき小屋だけ、、、、、ある日、悲しい結実がそこに向かう
以上、 2026・09・24 記
補足 ~ 2026・09・25